オフラインな天空の山里で 時を忘れてゆるりと過ごす 何もないという贅沢な時間

ほつむら

ほつむら

遠州のマチュピチュとも呼ばれる秘境の里に、ひっそり佇む農家民宿。
今も昔も変わらない、不便で豊かな暮らしを体験しにいこう。

天竜の中心地から小一時間ほど車を走らせると、浜松市の最北部水窪エリアへと出る。そこからさらに曲がりくねった山道を走ること30分。車のすれ違いが困難なほど細い道には、大きな岩石がゴロゴロ落ちている。まるでアトラクションのような山道を抜けたその先に突如現れるのが、今回の目的地、天空の里とよばれる大沢地区だ。標高736m、まさに秘境という言葉がふさわしいロケーションだ。ここに、築150年の古民家を改修した、1日1組限定の農家民宿〈ほつむら〉がある。〈時忘れの家〉といわれるだけに、ここは携帯もパソコンも使えないオフラインな世界。のどかな山には鳥たちの唄声と山羊の親子の鳴き声が交互に響き、ひんやりと心地よい風が抜けていく。そこにあるのはただただ雄大な自然だった。

雑木の山を駆けまわった少年時代
変わりゆく山里の景色と暮らし

「とんでもない場所ですね」
想像のはるか上をゆくロケーションに思わずそんな言葉が出てしまった。
「いいところでしょう」と朗らかに笑うのは、この集落で生まれ育ったというオーナーの藤谷幸生(さちお)さん。浜松市内のオートバイ関連の仕事を退職後、故郷であるこの大沢地区に戻り、築150年の空き家を改修し農家民宿としてオープンさせたのだ。

小さな集落ではあるが、大沢地区の歴史は深い。藤谷さん曰く、木地師だった祖先がここに住み着いたのが500年ほど前だという。良質な木を探し求め日本中を巡り、そしてたどりついたのが、ここ大沢地区だった。それほどこの地には良質な木々が豊富だったのだ。ところがここ60年くらいで豊かな雑木の森は、見渡すかぎりの杉林へと変わっていってしまった。

「杉っていうのは根を深く張らない木だから、植えたことによって山が崩れやすくなったんだよね。そのうち杉にも値段がつかなくなって、誰も手を入れなくなった。だから余計に崩れやすくなってるんだよ。落石も昔はこんなにひどくなかったねぇ」

なんとも寂しげな空気が漂ったのを察してか、藤谷さんはこう続けた。
「あの道を通っていて石が落ちてきたことはないよ。でもね、自分が落ちたことがあるんだ。学校の帰り道でさ、昔は土橋っていう木の橋があってね、その木が腐って落ちて、そのまま病院に行ったなぁ」と屈託なく笑いとばしてくれた。

「昔はね、雑木もいっぱいあったから食べられる木の実もいっぱいあったんだよ。家と学校をつなぐ山の道が3本あってさ。朝は遅れちゃいけないから真ん中の道を、帰りは上の道で木の実を取って食べながら帰ったんだ。楽しかったよ、あの頃は。集落で同級生が四人いてさ、それが男ばっかりだから余計にね」。そう語る藤谷さんの顔は童心に返ったように晴れやかだ。

「自分が小さい頃は、水だって竹を割って節を抜いたのを繋げて引っ張ってきてたよ。そこから天秤で担いで水を運んだんだ。電気なんかも裏の沢の水で自家発電してたね」。そんな古き良き時代の暮らしは、本当に大変そうだが、藤谷さんが語るとどこか楽しそうに思えてくるから不思議だ。

時代とともに様変わりした景観や暮らしだが、何よりも変わったことは、この集落に暮らす人の数。「昭和19年くらいがこの集落のピークだった。10世帯で70人ぐらいが暮らしてたねぇ。この集落で“遠州大念仏”をやっていたんだから、それだけ人がいたってことだよね」と賑やかだった時代を振り返る。それが現在では3世帯で5人だけが暮らす限界集落だ。

藤谷さんがこの地に戻り宿を構えたのは、自分が育った愛すべき集落をどうにかしたい、という想いがあったからだ。「定年して、やることもないし、ボケっとしててもしょうがないから、宿でもやろうと思ってさ。この集落は老人ばかりだからね、宿に人が集まって収穫体験とかやれば、よその畑とかも手伝ってもらえたり、少しでも労力の助けになったりもするから」と、来てくれた人には楽しんでもらい、この集落には活気を取り戻すという相乗効果を期待したのだ。実際、〈ほつむら〉に宿泊すると、まるで昔の集落に住んでいるかのような体験的な暮らしができるのだ。

体験こそが、おもてなし
農家民宿〈ほつむら〉の楽しみ方

「何事も体験・セルフサービスでお願いします」
〈ほつむら〉の壁にはこんな張り紙がある。この体験を通じた学びこそ、〈ほつむら〉という秘境の宿に泊まることの醍醐味といえよう。

例えば自分で薪をくべてかまどで炊飯すること。ご飯を炊くのにこれだけ薪を使うということ、大きな火が起きる木や長持ちする木、木の種類によって燃え方が違うこと。たった一度の米炊きではあるが、「かまどでご飯を炊く」ことでいろんな学びがある。なにより炊き上がったお米のおいしいこと。少し固めだったのはご愛嬌、つやつやと光を放ち本当においしかった。

そして炊飯に使った炭を囲炉裏に運び、藤谷さんが仕込んでくれたジビエの猪鍋を火にかける。敷地内の畑で採れた野菜がたっぷり入ったこの鍋が、また最高においしい。臭みもクセもなく、噛みしめるたび旨味が広がり、かまどで炊いた白飯が進むのだ。みんなで囲炉裏を囲み、同じ鍋をつついて食べる、それはとても贅沢な時間だ。

他にも事前に予約が必要だが、「ヤマメの串焼き」や、この辺りの在来種である小粒の「水窪じゃがたの串焼き」なども食べることができる。また大豆を炒ってそば粉で団子状に丸めた「とじくり豆」や、つるし柿の皮を干して細かく刻んで小豆の中に入れる「かき餅」、「こんにゃくのくるみ和え」、「きびだんご」などの伝統食作りの体験もできる。つまり普段は食べられない味、できない体験、これが〈ほつむら〉のとっておきのおもてなしなのだ。

農業体験もそのひとつ。敷地内の畑には、水窪じゃがた、肉厚のキュウリ、甘みは少ないが香ばしいとうもろこし、名もないえんどう豆など、昔からこの地に根付いてきた在来の野菜を大切に種採りしながら育てている。宿泊者の要望があれば、これらの野菜の収穫体験も可能だ。

しかし何と言っても〈ほつむら〉一番のオススメはお風呂だろう。敷地内の一番眺めの良いところに、藤谷さんが作った露天風呂がある。雨天でも楽しめるようにと開閉式の屋根まで付いてるのが心憎い。眼下に広がる雄大な自然と一体になったような素晴らしい開放感は、目の前の風景そのものに浴しているような感覚すらある。悠々たる山、波打つ杉林、夜空に瞬く星、朝靄に包まれた茶畑。刻一刻と変わる大沢の大自然を毛穴から、いや細胞から体感することができる、これぞまさしく「天空の露天風呂」なのだ。

昔も今もこれからも、変わることのない
〈ほつむら〉という役割と心地よさ

〈ほつむら〉に滞在していると、懐かしさと同時に新鮮な気づきがたくさんある。便利さを追い求めて、大切な何かを失うことが多い今の時代にあって、どこか豊かな心を呼び起こしてくれる。〈時忘れの家〉という名の通り、日常の喧騒から離れて、ゆっくり過ごすならこれ以上ない環境だろう。

改めて藤谷さんにここでの暮らしについて聞いてみた。
「楽しいよね、時間に追われることはないし。夏なんかは朝早くから働いて、昼は休んで、夕方涼しくなったらまた働く。そんで風呂入って、一杯やる。とにかく自由なんだよ」と意外とのんびりとした答えが返ってきた。

そうなのだ。故郷に活気を取り戻そうという使命感と同時に、やはり藤谷さんは自らがこの自然に寄り添った昔ながらの暮らしを本当に楽しんでいるのだ。〈ほつむら〉の心地よさは、きっと藤谷さんのこの肩肘張らないスタンスにもあるのだと思う。

宿の名前である〈ほつむら〉とは、もともと集落で使っていた藤谷家の屋号。「ほつ」とは出っ張った場所のことを指す方言で、村の長を務めていた藤谷家が集落の一番出っ張った場所に家を構えていたことから「ほつむら」と呼ばれてきたという。それはきっと昔も今もこれからも変わらない。〈ほつむら〉はこの大沢集落を守り、鼓舞し続けるべく出っ張り続けるのだろう。

写真:新井 Lai 政廣 文:鈴木鉄平
ほつむら
農家民宿 〜時忘れの家〜 ほつむら
静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家6140
TEL:053-987-3802