龍山秘密村
山のてっぺんに、ひっそりとあるキャンプ場。
子どもも大人もワクワクする秘密の場所には
何度も通いたくなる理由があった。
見渡す限り、杉林しか見えない。険しい山道を登った先に、山に囲まれた〈龍山秘密村〉はあった。いまから40年前、村営の野外教育施設だった〈青少年旅行村〉を借り受け、2016年にリニューアル。ヤマメが泳ぐ美しい小川が流れる敷地内には自由にテントを張ることができ、自然の中で子どもたちがのびのびと自由に遊べる「こどもひみつむら」も開催。手つかずのまま残っていたこの場所に、まるで運命に導かれるようにたどり着いたのが〈秘密村〉村長の川道光司さんだった。
秘密にしておきたい
とっておきのキャンプ場。
看板に“秘密村”という文字が見える。その文字に、誰もがきっと「どんな場所だろう?」と気にとめるはずだ。「名前が気になって」とふらりと遊びに来る人もいるというが、いまから4年前、川道光司さんもここにたどり着き、「内緒にしたい場所を見つけたな」と思ったそうだ。
「山奥にある秘境だなと驚きました。いいところをみつけたら内緒にしたいと思いませんか? オススメなところはSNSとかにもアップするけど、本当にいいところって教えないで自分だけで大切にしたい。子ども時代に見つけた溜まり場や秘密基地も内緒にしたはず。だから、『秘密にしておきたい、とっておきの場所』という意味を込めて〈秘密村〉と名付けました」
見える範囲はすべてキャンプ場の敷地内。区切りがないフリーサイトのため、どこにテントを張ってもいい。流れている小川にはヤマメ、アマゴが泳いでおり、大きな生簀では魚のつかみ取りや生き物を捕まえたりもできるという。夏には、上流からのきれいな沢の水を引いたプールがオープン。ほかにも風呂・トイレつきのロッジ4棟、コテージが2棟あり、家族やグループでの宿泊も可能だ。
龍山に移住し、見つけた希望。
「ここでならやっていける」
富士宮にある「ホールアース自然学校」で働いていたという川道さんは、アウトドアやキャンプはもちろん農業や狩猟などもやっていたそうだ。もともと海外にいたこともあり、いつかキャンプ場かゲストハウスをやって、のんびり暮らしたいと思っていた。
「そんな夢を知っていた同期が、龍山で地域おこし協力隊で働いていて、声をかけてくれたんです。『龍山のキャンプ場が閉村してしまって運営者を募集してるよ』と。最初はどうせ大したことないだろうと思って聞き流していて。ある時、春野にカヤックとキャンプをしに来たんですが、たまたまその友人から連絡が来て、ここに連れてこられたんです」
規模感もほどよく、山に囲まれた静かな雰囲気も気に入った。建物もきれいで、「これはいける」と思ったという川道さん。さっそく地元の人たちに話をし、キャンプ場として復活させることになった。ひょんなことからトントン拍子で夢が叶った川道さんは、龍山に引っ越してすぐ天竜川沿いにある大きな家を買った。それはここにずっと暮らしますという覚悟を見せないといけないと思ったからだった
龍山は、東京都町田市や神奈川県藤沢市と同じ大きさの面積を有し、かつて2万人住んでいたというが、いまはたったの600人ほどの過疎地域で、若い人はほぼいない。その大部分は杉の山に囲まれた山間地域だ。そんな場所に突然、川道さんが移住し、もとあったキャンプ場を再び開くということは龍山の人びとにとって “希望”だったことだろう。しかし、川道さんこそ、この場所に“希望”を感じたのだった。
「この下に集落があって、そこで青山しずみさんという、世話焼きで、めちゃくちゃよくしゃべるおばちゃんに会って。初対面でもとてもオープンで、山奥なのに閉鎖的ではなく人を受け入れてくれて、もてなすことが好きなんだということがわかった。ここでならやっていける。そう思ったんです」
キャンプ場がスタートしたら、外から大勢の人を呼ぶことになり、集落の人たちに迷惑をかけることになるのではないかと心配したこともあった。けれど、お客さんがたくさん来るようになって、車のナンバーを見るのが楽しみになったと、龍山が人で賑わうことを多くの人が喜んでくれたのだった。
自然とともに学び、遊ぶ。
「こどもひみつむら」を開催。
年に8回ほど、3〜6歳の未就学児と小学生の子どもたちを集めて、自然を体で感じる「こどもひみつむら」を開催している。2017年の〈秘密村〉のオープンとともに始めた取り組みで、ずっと通っている常連の子もいるというが、現在、満員で新規で受けつけられないほどの人気プログラムだ。
浜松市内や磐田市、愛知県新城市などからも訪れる。親は一切入れず、子どもたちだけで、その日にやりたいことを子どもたち自身が考えて決める。女の子も男の子も年齢も関係なく、ドロドロになりながら、山をかけまわる姿は何ともたくましい。子どもたちはそうやって自然の中で遊びながら、さまざまなことを学ぶのだ。
「浜松市内の子どもは都会っ子。親御さん自身が自然の中で遊んだことのない人も多く、どうやって遊べばいいのか教えてあげることができないんです。火をつけたり、刃物を使ったり、虫の捕り方も知らない人が多いので、教えてあげると親よりもむしろ子どもの方が詳しくなるぐらいで。龍山は99.9%杉林なんですが、ここだけ雑木林なんですよ。杉や檜以外の木が生えている場所だから、紅葉もするし落葉もする。杉の林はロープをかけようにも曲がった木がないんですが、ここなら遊具を作れる。生き物もこっちの方が多いから楽しいですよ」
生き生きとした雑木林をかけまわる子どもたちのはしゃぐ声は、小学校も幼稚園もない龍山に長らくなかったもの。川道さんが龍山にキャンプ場を開いたことで、再びこの場所に戻ってきたのだ。
写真:新井 Lai 政廣 文:薮下佳代