兄弟農家民宿くんま遊楽亭あそびや
日本の伝統的な農のある暮らしが体験できる農家民宿で、もうひとつの実家のような懐かしさと癒しの時間を過ごす。
天竜区熊(くんま)の標高500mに建つ築80年の古民家に到着すると、「いらっしゃい」と大平洋一さん、展子さん夫妻が迎えてくれた。
ここは大平さんの自宅でありながら、「農家民宿」としても営業しており、季節の野菜を採ったり、一緒に料理を作ったり、薪で沸かしたお風呂に入ったり、昔ながらの田舎の生活を体験することができる。大平さんたちにとっては日々の当たり前の暮らしだが、私たちには珍しいことばかり。けれど、どこか懐かしく、時間が経つのも忘れて滞在を心ゆくまで楽しんだ。
夫妻と一緒に台所で調理。
この土地で採れたものを使って。
「農家民宿の一番の特徴は、台所にお客さんが入ってくること。お客さんと一緒に調理をして、一緒に食べるというのが農家民宿なんだ。どういう料理を、どういう材料で作るかというのを見て自らも調理に参加することで、食材も調理法もすべて知り安心して食べることができるでしょう」と洋一さん。
今日のおしながきを用意してくれていた。
鹿肉シチュー、猪肉の串カツ、生椎茸のフライ、大根の煮物、さといも水車便利味噌、キヌア入りサラダ、セロリとリンゴの甘酢和え、フルーツトマト、グレープフルーツ、白米、コーヒー。なんとも豪華なメニューだ。その中から、猪肉の串カツと生椎茸のフライを一緒に作ることに。
土間もある広いキッチンで、大平夫妻とおしゃべりしながら今日の晩ごはんをみんなで作る。椎茸は、大平さんが原木で育てたもの。2月の取材時に「今年の初採れですよ」と見せてくれたのは、それはそれは立派な椎茸。「フライにすると最高にうまいんだよ」と洋一さんはいう。
椎茸と猪肉の串カツに衣をつけ、揚げていく。油がはねるいい音がし、どんどんおいしいにおいが台所に充満していく。みんなでワイワイと料理をする経験は久しぶりのことだった。お盆やお正月に実家やおばあちゃん家に帰って、ご馳走を一緒に作っているような、そんな懐かしい感覚になった。
大平さん夫妻との会話もはずみ、
時を忘れて食卓を囲む。
テーブルいっぱいにおかずが並んだ。「いただきます」とみんなで手を合わせた。大平さん夫妻とは初めて会ったばかりだというのに、いまは家族のように同じ食卓を囲んでいる。大平さんご夫妻の人柄なのだろう。垣根なく、私たちをやさしく、温かく迎えてくれた。
鹿肉のシチューは、繊細な赤身のビーフシチューのよう。脂身がないから、物足りないという人もいるそうだが、とてもおいしい。臭みは何も感じない。昔は捕ってから遠い山道を 下り、捌くまでに時間がかかったから臭みがあったそうだが、今はすぐに捌くので、臭みはないという。どれもおいしく、ついついごはんをおかわりしてしまう。
「自分で捌くようになって初めて、ロースとか、ヒレとか、バラ肉とかがわかってね。畑も目の前にあるし、猪や鹿から食べ残しをもらっているって感じだね。みんなこのあたりで採れたもの。全部、お里の知れた料理だよ」(洋一さん)
どれだけ立派な旅館や高級なレストランでも体験できないし、おなかも心も満たされた夕食はないかもしれない。そう思えるほど、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
昔ながらの田舎暮らしをきっかけに
熊という土地の良さを知る。
洋一さんのご両親は、この家に住みながら百姓をしていたという。
「山仕事もやって、狩りもやって。食べるものは自分で作ってたね。現金収入も必要だから、薪や炭を作ったり、繭を育てたり、野菜や椎茸を売ったりね。それが昔ながらの田舎の生活。そういうのが今では珍しくなったでしょう? ここに来てくれる人は、『家に帰ってきたみたいな感じがする』って言ってくれるんです」(洋一さん)
「もうひとつの実家」と言う人もいる。“田舎暮らし体験”と言ってもいろいろあるが、ここでの暮らしは、実際に大平さん夫妻がしている暮らしそのものだ。
「ほんとうに、そうなんですよ。だから普通の旅館とは違うんです。台所が散らかっていて少しためらうこともあるけど『こちらへどうぞ』って入ってもらって、一緒に料理して、お話しながら一緒に食卓を囲む。この間いらっしゃったお客さんは、そろそろ寝るか、と時計を見たら23時だった(笑)。18時からずっとおしゃべりしていてね。そういうふれあいが、農家民宿の本当の良さなんじゃないでしょうか」(展子さん)
昔、岡崎藩の武士の1人が熊を訪れ、書いたという紀行文が残っているそうだ。そこには「熊は善きところなり」と書いてあったという。
「人々がまじめにコツコツ働いていて、人情味があってね、少し山奥であっても、人なつっこいというかね。そう感じたんじゃないかな。今の熊はどんどん過疎化していっている。人数が多くなくてもいいから、そこに住んでいる人が心豊かに、終のすみかとして安心して 住めるような所にしたいわけ。だから農家民宿みたいな場所があれば、交流人口が増える。定住じゃなくてもいいので、ここへ来てくれて、1日か2日、一緒の時を過ごすことがいいなと思っているんですよ」(洋一さん)
ほかにも季節に合わせていろいろなことが体験できる。春は山菜を取ったり、野菜を収穫したり、一緒にハイキングしたり、草木染めしたり、ツルでカゴを作ったり……。ここでどう過ごすかはあなた次第。大平さん夫妻に相談してみてほしい。