さまざまな人の手を介してつくられる「天竜茶」。その芳しい香りが充満するお茶が生まれる現場へ。

高級茶として名高い「天竜茶」。茶農家として、また茶商として、日々、お茶づくりに励む若きつくり手が見据える天竜茶のこれから。

浜松市天竜区の特産品といえば「天竜茶」。標高の高い山間で育ったお茶は、甘みが強く香りがいいといわれる。お茶の加工販売を行う〈すずしょう〉の3代目を引き継ぐ鈴木笙吾さんは、まだ20代という若さながら、茶商として、また茶農家としてもお茶づくり全般を担う。天竜で生まれ、天竜で育ったからこそ、お茶のない暮らしは想像できない。そんな彼が目指す、お茶の未来とは。


山あいで育てられた天竜茶
その特別なおいしさとは。

見渡す限り新緑がまばゆい茶畑が広がる天竜区。5月初旬、にわかに慌ただしくなり、お茶のシーズンを迎える。標高が高い天竜エリアでは、平地に比べて少し遅いそうだが、例年5月初旬には茶摘みが始まるのだという。「山のお茶と平地のお茶はぜんぜん違うんですよ」と話してくれたのは〈すずしょう〉の鈴木笙吾さん。工場には、摘みたての青々とした新芽がぞくぞくと運ばれてくる。朝摘んだばかりの茶葉はすぐさま蒸され、その日のうちに火入れまで行い、出荷されるのだという。

「いまは色が濃く出る深蒸しのお茶が主流なんですけどあまり味がのらないんです。天竜茶は浅蒸しで色が薄くて透明なんですが、コク、キレ、香りどれをとっても天竜茶が一番なんですよ」

深蒸しのお茶しか飲んだことのない若い人には、天竜茶の色の薄さに『お茶の味するの?』なんて言われることもあるというが、飲むとそのおいしさに誰もが驚く。すっきりとしたキレのある飲み口、その透き通る美しい色、鼻を通り口の中いっぱいに広がるアロマ、旨み、甘み、苦みといった複雑な味わい……。さすがは、お茶どころ静岡県で昔から高級茶として知られてきた天竜茶だ。



「お茶は畑によって生育具合が違うんですが、高低差が大きく影響します。うちの畑だと標高300mほどで平地より2週間ほども遅くなる。新茶の単価は時期によって買取価格が変わるので、1日違うだけで、1000円も価格が違ってくる。だから、どこも1日でも早く出荷したい。けれど、天竜は標高が高いから、ほかの産地にスピードで勝てるわけがない。だから品質重視でいいお茶つくろう、そういう意識で天竜の人たちはやってきたんです」

「山のお茶ならではのおいしさを届けたい」。鈴木さんの言葉から、お茶づくりはどこにも負けないのだという自信がひしひしと感じられた。

いままではあまりなかった
顔が見えるお茶をつくっていく。

「鈴木さんは静岡県立農林大学校の茶業学科でお茶づくりについて学んだ。師匠となる静岡市内のお茶屋で修行し、天竜へと戻って7年。29歳の今、「やっとお茶がわかるようになってきた」と話す。父は茶工場の専任者として「荒茶(あらちゃ)」として出荷できる状態まで加工を行う。鈴木さん自身は茶農家であり、火入れなどの加工を行い、味を仕上げる「茶商」でもある。「茶商」は、次々と運ばれる荒茶の時点で味見をして、値をつける。荒茶を買い取り、火入れして味を決め、商品として茶屋へと出荷する。つまり、味を決めるのは茶商の鼻と経験なのだ。

「僕はもともと農家になるつもりでした。親父の跡を継ぐとなった時、農家だけでは食っていけないぞということで、農家と茶商の“二足のわらじ”を履くことになりました。茶商の師匠にこう言われたんです。『畑だけ、茶商だけという時代は終わるぞ』と。だから、お客さんの顔を見ながらお茶を売って、畑でお茶をつくる。それがベストなんじゃないかと」

畑で採れた茶葉は茶工場へ運ばれ、ほかの農家の茶葉と一緒に加工される。そのため、誰がつくったお茶なのかわからなくなってしまうため、いままでは顔の見えないお茶が多かった。しかし、たとえば、シングルオリジンのコーヒーのように、産地や農園ごとに、どこで採れたものか、誰が育てたというのが可視化され、それが消費者にも求められている。お茶の世界も、そうした「顔が見えるお茶」が求められているのではと鈴木さんは考えている。

「安心・安全が求められている時代で、誰が作ったお茶なのかという情報も必要だと思うんです。それこそ師匠には『お茶は人で買うものだ』とよくいわれるんです。ものがいいことであるのはもちろん必要ですが、生産者が違うグラム500円のお茶が2つあったら、どっちを買ってもらえるか。僕が接して、僕がつくったお茶だということをわかってもらえたら、ファンになってくれる。僕はお茶をつくる立場でもあるし売る立場でもあるので、どれだけお客さんにいいお茶を届けられるかを大事にしたい。そのためにも、畑づくりからやっています」

知られざる幻の美味なるお茶を
いつか復活させてみたい。

「時々、年配のお客さんに「昔のお茶のほうがおいしかった」と言われることがあるのだという。「今のお茶もおいしいけど、何か物足りないね」と。今から20年前につくられていたお茶は「あんなお茶はほかにはない」とみなが口をそろえるほどのおいしさだと聞いて、鈴木さんは一体どんなお茶なんだろうと興味が湧いたという。

「紅茶やウーロン茶と違って、緑茶はどれだけ発酵させずに加工するかが肝なんです。機械化が進む一昔前はお茶を揉む工程に時間がかかるので、採ってきた茶葉を1日寝かさざるを得なかったそうなんですね。採ってきた葉は置いておくと葉がしなびて発酵が進んでしまう。それを「萎凋(いちょう)」というんですが、実はその萎凋したお茶がすごくおいしいとみんな言うんです。僕は飲んだことがないんですが、一晩寝かせたお茶はめちゃくちゃいい匂いがするらしくて」

昔は、小さい工場でつくっていたため、人手が足りず、致し方がなく茶葉を一晩置いていたのだという。その思いがけない “時間”がおいしさをつくることになったとは。しかし、いまでは機械化が進み、お茶は萎凋することがなくなった。市場は鮮度が一番優先で、どれだけ鮮度のいいうちに揉み、早く仕上げるかが求められる。そのため、今のお茶は萎凋させる工程は一切ない。萎凋した葉っぱが持つという甘い香りとはどんな匂いがするのだろう。鈴木さんはいつか萎凋したお茶づくりを手がけてみたいと考えている。

「つくる仕事と茶商の仕事は4:6くらいですかね。それぞれ違う楽しさがあります。自然と触れ合えるぶん、農家の仕事も楽しいし、お茶の味を決めるのは茶商の仕事ですから、お茶づくりにはどちらも必要な仕事なので。結局は、お茶が好きなんですよね。作るのも、売るのも、淹れて飲むのも。もっと天竜茶の魅力を伝えていきたい」

鈴木さんによれば、ペットボトルのお茶で育った20〜30代はお急須を持ってない人も多いためお茶の淹れ方がわからず、淹れたてのお茶の味を知らない人もいるという。けれど、自宅で茶葉から淹れて飲むことは少なくなってしまったが、気軽にペットボトルで飲めるようになったぶん、お茶を飲む頻度は前よりも高くなったかもしれない。そういう若い世代にももっとお茶のおいしさを知ってもらうためにはどうすればいいのか。昔からお茶に親しんできた高齢者たちとは、お茶の売り方が大きく異なるだろうと鈴木さんは考えている。

「そのためにも、まずはお茶を淹れて飲んでもらうことから、ですかね。そして、若い人たちにお茶のおもしろさ、奥深さを知ってもらう。それをきっかけに僕と同じ年代の人をもっと引き込めれば、それこそ農家さんを助けることもできるかもしれない。農業って楽しいんだよってことも知ってもらえたら」

お茶をつくる農家として若い人でも就農し、稼げる新しい農業のかたちを目指しながら、お茶を売る茶商として、お茶を飲む人たちを増やしていく。鈴木さんは前しか向いていない。前に進んでいく、その確かな足取りの先には、お茶の明るい未来が見えるような気がした。

写真:新井 Lai 政廣 文:薮下佳代

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