天然物料理・竹染
天竜の入り口で40年。料理人として、猟師
としてまちと森の変化を現場で見てきたから
こそ、伝えたい天竜の今とこれからがある。
天竜川に架かる鹿島橋を渡り、トンネルを抜けた二俣のまちの入り口。小さな看板を頼りに細い道を入っていくと、「寿司割烹 竹染」はある。鹿の角のオブジェが飾られた看板を見ながらお店に入ると、木のカウンターにガラスのショーケース。「寿司割烹」を思わせる店内だが、ここで提供されているのは天竜の森で捕れた鹿や猪などの「天然肉」を使った料理。その味を求めて全国津々浦々からファンが訪れる。猟師であり料理人でもある店主・片桐邦雄さんと二人の息子の尚矢さん、真矢さんが店を切り盛りしている。
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寿司割烹から天然肉料理の店へ
生け捕り猟にこだわる理由とは
邦雄さんが二俣に寿司店を構えたのは25歳の時。それから40年以上ここでまちの変化を見てきた。賑わいのあった時代からだんだんシャッターを降ろす店が増えていく…そんなまちの変化とともに、お店も方向転換を余儀なくされた。
「二俣はみんなが買い物に来る場所だったね。山もお金になった時代だったよ。林業が衰退してお客も減って、回転寿司の流行で寿司が大衆化したこともあって…寿司店だけでやっていくことが難しくなった。何か他と違うことをしなくては生き残れない、そう思って天然肉を出すようになった」
お店で出される天然肉は、邦雄さん自ら猟に出て調理も行う。獲物が通る“けもの道”にわなを仕掛けるのだが、その猟の仕方は独特で、銃などを一切使わずに獲物を「生け捕り」するのだという。いったいどんな猟なのだろう。
猟の現場に同行させていただいたが、実際の獲物を捕らえる場面には遭遇できなかったため過去の映像を見せていただくと、そこには獲物と対峙する邦雄さんの姿があった。わなにかかった獲物を取り押さえ、目をテープで覆い、口と手足を縛って現場から解体場へ運ぶ。目を覆うのは視界を遮ることで獲物の恐怖心を和らげるためだという。暴れていた獲物は解体場に運び込む頃にはすっかり脱力して静かに横たわっていた。その状態で、苦しまないよう一突きで息の根を止め、素早く解体していく。獲物は素早く処理しないと酸化が進み血液も腐敗臭が発生するが、獲物を傷つけずに持ち帰り、調理前に解体してしっかり放血するため臭みのない肉になるという。
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「お客様に美味しいものを提供して喜んでほしい、それが一番だね。それを追求していったら『自然のまま』にたどり着いた」邦雄さんは、生け捕り猟をする理由をそんな風に話してくれた。最高の食材を提供したい、そんな料理人としての想いが常にベースにある。狩猟は獲得の喜びではなく、食材を獲りに行っているという意識だという。
実際にお店で出される天然肉には臭みが一切なく、火を入れても固くならない。脂もあっさりしていて、いくらでも食べられてしまう。出された天然肉をいただいたときに、普段自分が食べている肉との違いにまず驚いた。「これが野山を駆け回っている野生の獣の肉です。とても貴重なお肉ですよ。」邦雄さんのお話を聞きながら、実際に市場に出回っているもののほとんどが人間の都合によってコントロールされ消費されていることに気づく。改めて私たちを取り巻く自然や食のあり方ついて大きな問いを投げかけられるのだ。
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“ジビエ”というトレンドではなく
命を戴く“恵み”を感じてほしい
邦雄さんと真矢さんの実際の猟の現場に同行したときに印象的なシーンがあった。山中を車で走りながら何度か車を停め、わなを仕掛けている場所に立ち寄ったのだが、真矢さんはそのわなのある場所ひとつひとつを丁寧に小さな箒で履き、周辺にある落ち葉をかぶせていた。
「イノシシは鼻が利くのでわなに気づかれないようにするためにも人間の臭いを消す必要があります。獲物の特性を知って、それに合わせてわなを仕掛けるんです。できるだけ場を荒らさず『自然のまま』であることが大切です」
人間の都合ではなく、獲物の特性に合わせて行うことで獲物のストレスを最小限にし、それが美味しい食材の提供につながる。『自然のまま』というキーワードは邦雄さんからも真矢さんからも事あるごとに語られる。
「うちでは“ジビエ“とはあえて言わないで「天然肉」と言っています。トレンドやブームのようにとらえられてしまわないように…”恵み“だと思って食べてほしいです。」そう真矢さんが話す。美味しい、の先に伝えたいことがある。獲物たちの住む森のこと、今の時代の食生活のこと…美味しいだけで終わってほしくない。
見せてもらった映像の中で邦雄さんが解体した肉の一部を神棚に備え、「命を戴きありがとうございます」と言って手を合わせるシーンがあった。そこには単なる食材としてではなく、ひとつの命への畏敬の念があった。そんな想いで提供されている天然肉だからこそ、“ジビエ”というひとくくりでは語れない。
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天竜の森や川の変化への危機感
命ある限りは取り戻していきたい
邦雄さんと一緒に狩猟の現場に関わってきた真矢さんも、最近の天竜の森や川の変化に大きな危機感を抱いている。
「最近は二俣など街中でもイノシシやシカが目撃されるようになってきて獲物の数は増えているように思えますが、実際の個体数は減っているんですよ。以前は水窪とか山のほうでしか見られなかったのに、森にエサがなくなって街のほうまで下りてきている。目撃数が増えているだけなんですよね。」
「天竜川にも、魚がいません。川底のケイソウ(藻、苔)が生えない、そこにいる水生昆虫が生きていけない、水生昆虫を食べる魚が生きていけない。水の中のサイクルが崩れているんです。僕が高校生くらいから鮎はどんどん捕れなくなってきています。すごいスピードでいなくなっていますよ。」
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現場の変化を話しても、なかなか感覚が共有できないという。この現状を知らない人が増えていくことについても、危機感を感じている。
「僕より下の世代は天竜川で魚を捕って遊んだ経験はしていないと思うので、この変化はなかなかわからないと思います。今、自分の世代が伝えないと、この現状を知らない人が増える一方になってしまうと思うんです。」
生態系を守るためには、現在の山や川がどうなっているのか、どんな営みが行われていて、それがなくなると何が困るのか…そういったことに精通し、関わる人間を増やしていくしかない。そのためには現場に出るだけでなく、発信していく必要がある。
「知ってもらうことだけが、変わることにつながると思うんです」
ひとりでも多くの人に竹染を通して山の現状を知ってもらい、これからについて考えてもらいたい。私欲を満たすことだけでなく、恵みであり、いのちをいただいていることを感じてほしい。
「命ある限りは、“取り戻す”ためにできることをしていきたいんです。」
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本当のことを伝え続けていくために
志を継いだ2代目の新たな挑戦
邦雄さんがもともと天然肉とお土産物を販売しようと確保していた場所を改装して、真矢さんが竹染の新しい店舗を出す準備をしているという。「やらせてほしい」と自ら申し出て、店づくりを一から仲間たちと一緒にやっている。
「もっと気軽に天然肉を知ってもらえるように予約なしで入れるお店にしたいんです。猪肉の餃子やイノシシ丼などの軽食、お土産や木工製品などを販売して、道の駅のように立ち寄れる場所。そこでいろんな方と交流しながら発信していきたいですね」
同じような志を持った仲間が集まるような拠点にもなるといいという。
「志を持った猟師さんを増やしたいですね。生け捕ること(ハンティング)よりも生け捕った後のことを伝えたいです。」
これからの希望に燃える真矢さんの目に、父であり師でもある邦雄さんの存在は一体どんな風に映っているのだろう。ずっと気になっていたことを最後に聞いてみた。
「レジェンドですね。知識もすごいです、猟師としての経験も。僕もそうなりたいけど、その環境、時代に育ってこなかったのでそこまでの知識は体験として持てません。ただ、自分は継いだ知恵をSNS等で発信して伝えていくことができる。僕らの世代でできることをしたいんです。」
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先人の知恵を継ぎ、繋ぎ、次の世代へ渡していくバトンをしっかりと自分の手に握って。さらに新たなステージへ進んでいこうとするその背中は、迷いなく、清々しいほどにまっすぐと前を向いている。
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写真:新井 Lai 政廣 文:井上紗由美