ひかべ家具製作所
無垢材でできた家具も身近な自然のひとつ。
毎日の暮らしの中で、メンテナンスしながら
時間をかけて、手をかけて育てていく喜び。
天竜区二俣から上阿多古へ。杉林に囲まれた静かな山道を走っていると道に迷ったかのような感覚に。〈ひかべ家具製作所〉の小さな看板に導かれ、急な坂道の上にある日下部善昭さんの一軒家と工房へとたどり着いた。〈ひかべ家具製作所〉では、無垢材を使った家具の製作と販売を行う。隣にある日下部さんの自宅には、家を建ててから10年間をともに過ごした愛着のある家具たちがしっくりと部屋になじんでいた。
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森林組合や木工所で経験を積み
36歳で家具職人として独立。
〈ひかべ家具製作所〉の工房がある場所は、日下部さんの実家の茶畑だった。茶農家と林業を代々営み、春から秋はお茶づくり、冬はきこりとして、祖父と父はこの地で生きてきた。この工房も、父が自ら山で木を切り、柱と梁以外はすべて父と2人で建てた。
「全部、自分の山の木を使いました。祖父も父も自分で家を直したりしていましたね。田舎の人ってそういうものですよ。自分たちでやっちゃうし、できちゃう。小さい頃から何かを作るということに親しみがありましたね」
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高校卒業後は都内の大学へ。工学部で自動車エンジンの設計などを学んだ。しかし、卒業後は畑違いの家具の世界へと進むことに。
「一人暮らしをしていた18歳の時、テーブルとかTVボードを自分で手作りしてみたんですよ。雑誌を見たり、お店でかっこいいなと思った家具なんかを参考に、ホームセンターで木を買って。“買おう”じゃなくて“作ろう”ってやっぱり思ったんですよね。そのうち、友だちに売ったり、お店の内装を頼まれたりして、だんだんと手を動かすことがおもしろくなってきたんです」
24歳の時、家具づくりを勉強しようと2年間、長野県の松本で木工の基礎を学び、実家の天竜へ戻ってからは森林組合へ入って、木の伐り方から環境なども含めて山のこと全般を学んだ。その後は、浜松市内にある家具店の立ち上げスタッフとして働きながら、無垢の木を使ったイス、テーブル、タンス、キッチンなどの家具づくりを手がけた。36歳の時、〈ひかべ家具製作所〉として独立。無垢材を使ったシンプルで飽きのこないデザインの家具の製作と販売を手がけている。
「作りたいものがずっと頭の中にたくさんありました。独立したのは、自分の好きなものを作りたかったから。たとえば、料理を生業にする方も、写真を撮る方も、そんなに深い理由ってないと思うんですよね。自分でやりたいことをやる。そうやって木を触ってごはんを食べさせてもらっています」
やりたいことをやる、作りたいものを作る。そんな日下部さんのまっすぐな気持ちがある縁を結び、2017年には家具職人としての技術を生かし、学生時代にバックパックで旅したことのあったネパールで、子どもたちのために長机と椅子を作るプロジェクトを実現。家具づくりを通して、さらにやりたいことが広がっているようだ。
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捨てずに、直して長く使う。
そんな家具づくりを目指したい。
工房のさらに奥には、所狭しと大切に使われて時を刻んだ家具たちが、日下部さんの手によって直されるのを静かに待っていた。日下部さんは新しい家具を作るだけではなく、古い家具のメンテナンスやリペアも行っている。
「古い家具を引き取り、すべて解体してから修理しています。たとえば桐ダンスはもう一度切り出せばほぼ新品になるんですよ。もちろん、時間はかかってしまいますが待っていただいています。僕のコンセプトでもあるんですが、民藝運動の活動家が提唱した “用の美”という言葉がまさに的確に言い表しているなと思っていて。生活道具のカタチには使われるからこその美しさがある。必要だからタンスはこのカタチだし、テーブルもイスもそう。デザインすることは簡単。引き算して、シンプルにしていくことのほうが難しい。長く大切に使っていくために必要なかたちはきっと変わらないと思うんです」
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〈ひかべ家具製作所〉で扱っている無垢材は、北米産のナラ、ウォルナット、チェリーなどの広葉樹が中心だが、今後は天竜産の杉やひのきなども使っていきたいと考えている。
「近くにこれだけの資源があるので、林業家の人たちとも何とかしたいなと相談しています。使い捨ての文化を、そろそろやめませんか?と発信していきたいんです。直して使っていくのを当たり前にしたい。もちろん、決して安くはない買い物かもしれませんが、僕がいる限りは必ず面倒を見ますということで販売しています。たとえば、傷がついてもなんとかなる。もちろん新品にはなりませんが、無垢材の経年変化を楽しんでほしいんです」
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メンテナンスしながら、
大切に使っていくために大事なこと。
日下部さんの自宅を見せていただくと、10年前に建てたという家には、使い込まれしっくりとなじんだ木の家具やキッチン、あたりのやわらかな床や壁など、空間のほとんどが木に包まれていた。まさに家そのものが〈ひかべ家具製作所〉の“ショールーム”だった。
「普段通りの暮らしの中で実際に使われている無垢材の家具を見てもらうことで、経年変化がわかりますし、自分の家で育てていくイメージが湧きます。ショールームに展示されている家具って一番きれいな状態。でも使っていくうちに汚れやハゲ、傷がついていくもの。新品ではなく、違う顔をした家具を見てもらえたらと思います」
たとえば、家を建てたり、引っ越しした際には、家具をいろいろそろえたくなるけれど、日下部さんの家具がほしいと思う前に、一度考えてみてほしいことがあるという。
「まず、家具なしで暮らしてみてほしいんです。ローテーブルもソファもなくても暮らせます。せっかく断捨離して新しい家に引っ越しするならば、“家具なし”の生活を一度してみてほしいんです。そういうことを言うと『家具屋なのに?』って言われるけれど、いまはたくさんのものであふれているので、ものがないほうが頭がクリアになって、ゆったり暮らせるんじゃないか?と思うんです。持ちすぎないこと、そして循環する社会を作っていくことを目指したい」
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日下部さんは、「僕は家具屋ではなく、木のことを伝える人なのかもしれません」と話してくれた。木を通して、暮らし方や生き方、社会のあり方を考える。だから、家具づくりだけでなく、山の管理もしたいし、お茶づくりもする。実際、1年のうち春の2ヶ月はお茶づくりに専念して、家具づくりを休むのだという。そんな日下部さんが作ったというお茶を淹れていただいた。
「お茶は毎日必ず飲みますよ。コーヒーはパンを食べる時に飲むくらいかな」
日下部さんが作ったイスに座り、木でできたぬくもりのあるキッチンで自ら育てたお茶を淹れて飲む。そのどれもが自らの手から生まれたもの。お金を出せば多くのものが手に入る世の中で、自分の手で作ったものに囲まれて暮らすことはなんと豊かで、なんと贅沢なことだろう。日下部さんの暮らしはまさにそれを体現していた。
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写真:新井 Lai 政廣 文:薮下佳代