KISSA&DINING山ノ舎(やまのいえ)
山と町をつなぐ玄関口“二俣”にあるカフェは人びとが出会う、コミュニティスペースとしていまも、これからも変わり続ける。
天竜区二俣のメインロード「クローバー通り」のほぼ中心に位置する「KISSA&DINING山ノ舎(やまのいえ)」はただの“飲食店”ではない。2015年にオープンして以来、山の人と町の人をつなぐコミュニティスペースとして機能してきた。毎月のようにさまざまなイベントを企画し、地元の人はもちろん、若き移住者たちもここを訪れては語り合う場になっている。2018年からは2階をシェアオフィスに改装し、現在7組が入居。さらにコアな関係性が生まれている。
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目標は地域のコミュニティスペース。思い描いていた場所を実現。
天竜区二俣は、昔から町と山をつなぐ玄関口として栄えてきた。その二俣エリアを代表するクローバー通りの中心地に、地元天竜材を使った新しめの建物が建っている。2015年9月、この場所に「KISSA&DINING山ノ舎」はオープンした。ここは、この町に暮らす人にとっても、この町を初めて訪れる人にとっても、天竜を知るきっかけになる場所として、多くの人びとに愛される場所になっている。
若き店主の中谷明史さんは東京からのUターン。東京R不動産で働きながら、いつかは地元二俣で人が集う場づくりがしたいという思いを抱いていた。この場所はもともと、静岡県では知られたロースタリーだった「ヤマガラコーヒー」が営業していたが、たまたま実家に帰ってきた中谷さんは閉店の張り紙を見て、東京で働いていたにもかかわらず、“やるしかない”という使命感から突如、店を借りることに。24歳の時のことだった。
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「楽しいことをやりたい、何者かになりたいという思いがずっとあって、お店をやってみたいと思っていたんです。だから、この物件を見た時、単純にチャンスだと思って。居抜きの物件だったので、イニシャルコストもかなり低く、飲食店をスタートできることがわかり、これだったら自分でもできるなと思って、ただただ使命感と好奇心に突き動かされました」
「山ノ舎」という名前は、「家のように、みんなが集まれる場所に」との思いから名づけられた。浜松市のほぼ中央に位置し、山間部の天竜地域と市街地をつなぐ、まさにつなぎ目となる場所だ。天竜材を使った建物は、まるで家のようなたたずまいで、店の入り口にある青い小花があしらわれた暖簾は、天竜区在住の染色家・高木法子さんが手がけた。ふんだんに木を使ったインテリアは温かみがあり、とても居心地がいい。料理は中谷さんが手がけ、妻の恵さんと2人で店を切り盛りしている。週末の営業はランチにディナーにと、いつも近隣の人たちでいっぱいになる。
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手探りで試行錯誤しながらオープンして4年。地元の生産者やクリエイターとも積極的に交流し、さまざまなイベントを企画しては人が集まる場を提供してきたし、老若男女、若い人からお年寄りまで遊びに来てくれるようなお店になった。中谷さんが思い描いていた“場所”ができたことで、今度は新たな方向性が見えてきたという。
「山ノ舎を始めた時の目的は、ここが地域のコミュニティスペースになってほしいということでした。天竜や浜松に住んでいる人にまずは知ってほしいという思いがかなり大きかったので、そういう意味では目標はクリアできたなと思うんですが、飲食店として考えた時、まだまだだな、と。通常の飲食店はもっと食に関してのコンセプトがしっかりしているし、主張がきちんとある。でもうちのお店は飲食店ではあるけれど、すごく強いコンセプトを打ち出したりするわけではなくて。今までが“山ノ舎1.0”だとしたら、次は“山ノ舎2.0”をきちんと見つけないといけないなと思っているんです」
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シェアオフィスも手がけ、新たなビジネスも展開
2018年7月からは飲食スペースとして使用していた2階部分をシェアオフィスにリニューアル。地元の工務店「三立木材」の社長さんからの後押しもあり、賃貸で借りていたこの物件を購入することになった。しかし購入すればローンがいまの倍になる。それをどう支払っていくのか、その方法を考えたところ、シェアオフィスというアイデアが立ち上がった。
「ちょうどその頃、夜飲みに来てくれる常連の人たちと何か拠点みたいなものがほしいよねという話が出ていたんです。こういうことやりたいね、ああいうことやりたいねと酒の席では話すけれど、あと一歩が踏み出せない。でも何かしないと、という思いがくすぶっていて。そこでシェアオフィスのような集まれる場所があったらいいんじゃないかという話になったんです」
利用者は現在7組。高校の非常勤講師をやっている人やデザイナー、天竜区内で養蜂家や林業をやっている人など職種もさまざまな面々が集まる。家賃は月々1万円ほど。みな自宅や職場とは違った、こうして集まれる場所を探していたという。
こうしてカフェとは違う人の出入りが生まれたことで、新たなビジネスチャンスが舞い込んだり、人と人がつながって新しいビジネスが生まれたり。単なる飲食店とは違う、よりコアな関係性が生まれたのはシェアオフィスという場だったから。同じ場所でも、場の意味づけが変われば、人の流れも変わり、人と人の関係性も変わることを目の当たりにした瞬間だった。
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作ったものを育てていくために。次にできることを考える。
中谷さんは、「山ノ舎」で飲食業をスタートし、天竜という場所をもっと知ってもらおうとローカルなツアーを企画する旅行業「uraniwa」も展開、シェアオフィス業に加え、2019年には駅舎を使った一日1組のホテル「Inn My Life」をオープンするなど、だんだんと事業を広げてきた。地方に暮らす人は兼業の人が多いと聞くけれど、「1人でやるにはちょっとやりすぎですよね」と中谷さんも苦笑い。やりたいことを実直に、前へ前へと無我夢中で進んでいるうちにいつのまにかやりたいことが広がっていった結果なのだろう。しかしながら今年は一度立ち止まってみようと考えている。
「自分のなかで、今年は新しいことはやめようと。いまあるものの中身をちゃんと詰めていくことだったり、作り続けるだけではなくて、作ったものをちゃんと育てていく、そういう段階に来たんじゃないかと思っていて」
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24歳の時、東京から二俣へと帰って来てからは「地元をもっと楽しくしたい」との一心でやってきた。その思いが実を結んでかたちとなり、目標を達成したところで、ふと立ち止まって考えることが増えてきたという中谷さんは、「勉強したり、インプットの時間を持ちたい」といま考えている。
「いまのままの自分が持つ“深度”で、ものごとやビジョンを考えても限界があるなと思っていて。自分自身をアップデートしたいんです。いろいろなことを考えるにしても、どれだけ自分のなかに情報や知識や教養があるかが重要だと思っていて。いまの僕の頭のなかだけでは考えられることに限界があるというか。これ以上は進めないなという気がしていて。自分がやっていることって、いままで自分が批判していたような、行政が箱物を作るだけ作って中身はスカスカみたいこととやっているのは一緒なんじゃないかと思うことも。きちんと詰めていくことをやっていかなといけないなと。人が来てくれるだけでなく、そこで何が体験できるのか、だんだんとその中身を考えるようになってきたんです」
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場所ができたことで満足せず、そこで何ができるのか、何を提供するのかを考える。ゴールはあってないようなものだ。いまは経営者でありながらプレイヤーでもあるという多忙な日々のなか、中谷さんは考えることを決してやめない。
「4年が経ち、やっと落ち着いて振り返ることができる時期に来たのかなと思います。たくさんお客さんも来てくれるようになりましたし、自分のなかで第一段階やり終えたなという気がしていて。ここで一度振り返って、これからどうしていくのか、次に進むためにも考えたいですね」
インタビューをしていると、過去のことについては饒舌に話してくれた中谷さんだが、これからどうしていくかについて聞くと言いよどむことが多くなった。迷いながら考えながら、でも一言ひとこと、ひねり出すようにじっくりと答えてくれた。地元のメディアに紹介されることも増え、地元を盛り上げる立役者のように取り上げられることもある。けれど、「本当は全然そんなことなくて。いつも迷ってるんです。でも実は昔からずっと迷ってたんですけどね。迷いのなかで一個一個決断していくことしかできないから」と中谷さん。
転職も開業も起業もした。毎度、どうしようかと考えながら葛藤もしながら、それでも一つひとつクリアしてきた。中谷さんがそうやって迷いながらも次へ進もうとするその姿を見たならば、きっと誰もが応援したくなることだろう。次なる「山ノ舎2.0」が楽しみだ。
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写真:新井 Lai 政廣 文:薮下佳代