ヴィラ阿多古
「何もない」からこそ贅沢。阿多古の一棟貸別荘は静寂の大自然への入り口だった。
浜松市天竜地区の最大の魅力のひとつは、抜群の透明度に一瞬にして心を奪われてしまう阿多古川だ。そんな清流を望みながら宿泊できる、1日1組限定のグランピングスタイル貸別荘〈ヴィラ阿多古〉。
アメリカ西海岸沿いにあるサーファーの家のようなしゃれた内装の外には、大人数でも存分に楽しめるBBQスペースが広がる。寒い日は部屋の中心にある暖炉をつけてぬくぬくと何気ない非日常を満喫するのがオススメ。自分の別荘で過ごす感覚で、家族や友達と一緒に自由気ままに過ごすことができるのが〈ヴィラ阿多古〉の一番の醍醐味だ。
阿多古で生まれ育った森さんが運営するこのプライベートヴィラ。幼い頃から阿多古の大自然に魅せられてきたが、当時あったお店も高齢化や過疎化により姿を消し、川沿いの道はもう歩けるような状態ではなくなってしまった。若い人の大半が阿多古を離れたのも大きな要因だという。そんな森さんだからこそ阿多古の価値を知り尽くしていて、その原風景を残したいという思いも人一倍強い。
「お客さんは平均して5名くらいで泊まりに来ていただいてます。最大宿泊者数を10名と設定してますが、それに近い人数の団体のお客さんが来ることも。オープンして当初から稼働率は半分を割ったことはなくて、いろんなお客さんに楽しんでいただけていてうれしいです」
「何もないこと」が阿多古の魅力
〈ヴィラ阿多古〉をオープンする前、夏場には阿多古に住む森さんのもとへよく市街地から友人が遊びに来ていたという。夜に焚き火を始めると、友人たちは楽しくて大はしゃぎ。深夜だというのに、焚き木のための枝を川まで拾いに何往復もしていたんだそう。森さんが阿多古の「何もない」からこその魅力に気付いたのはその時だったという。
「ヴィラから徒歩1分で阿多古川まで出られるんですけど、そこに行くと車の音は一切しません。聞こえるのは、鳥や虫の鳴き声とか、耳に触れる風の音、川のせせらぎとかだけ。「何かある/何かをする」ではなく「何もない/何もしない」こと。それが阿多古の一番の価値だと思うんですよね」
日中は山の深い緑と川のせせらぎに癒されながら、夜は満天の星空を眺める。いつも何かに追われがちな社会から距離を取り、ゆっくり時間をとって自然に入ると、子供の頃の感覚が蘇ってきたり、呼吸が深くなったり、身体も心も次第に緩んでリラックスしてくる。浜松市天竜区の中でも阿多古はまさにそんなことを感じられる場所だ。
〈ヴィラ阿多古〉森さんの
阿多古を感じるネイチャースポット
僕たち取材クルーはまだ森さんの真の姿を知らなかった。彼が阿多古の魅力を再発見し、天竜にお客さんを誘致するキーパーソンだとは存分に知っていたが、阿多古で生まれ育った根っからのネイチャーボーイだったことをいつの間にか忘れていた。
森さんの案内のもと、〈ヴィラ阿多古〉から出発して阿多古川を降り、時に川の中を渡りながらしばらく川沿いを歩いていくと「これこれ」と立ち止まった。それは高さ数10メールほどの高くそびえ立つ楠木。子供の頃からのお気に入りだそうで、自慢気に見上げていた。
次に紹介してくれたのは、川沿いを反対向きに歩くとたどり着く、川底が深くなった場所。「みんな服を脱いで泳ぐよ」と水着に着替えていざ川へダイブ! 夏が終わりを迎え始めていた9月末の阿多古川は少し冷たかったが、一度入って慣れてしまえばそれすら気持ちがいい。
向こう岸まで泳ぐと、森さんは岸壁によじ登り始めた。高さ20メートルほどの岸壁の頂上に立つと「こうやって遊ぶんだよ」と、両手を伸ばしながら頭上で手のひらを合わせて飛び降りた。手のひらから足の指先まで体を一直線にし、美しい軌道を描きながらジャブンと川の中へダイブ。
静岡県浜松市天竜区石神付近
次の2つのスポットは車で行けるネイチャースポット。〈ヴィラ阿多古〉から車で走ること10分ほど。木々に覆われた道を進んで行くと、視界が開けて阿多古を一望できる高台にたどり着いた。車を停めて降りると「子供の頃に友達とよくここに来て、ここから降りてよく遊びに行ったりして」と懐かしげに少年期の思い出を語ってくれた。夕陽に染まり始めた景色がいまも脳裏に焼き付いて離れない。
そこからさらに車を走らせること20分ほど。最後に紹介してくれたのは美しい2つの滝壺だった。滝壺に向かう山道の入り口に停車し、山の斜面を降りていくと迫力ある滝が顔を出す。体力に自信のある人はできる限り滝壺の方まで近づいてみていただきたい。滝の迫力を感じながら、〈ヴィラ阿多古〉付近に流れる緩やかな川を思い出すと自然をより深く、身近に感じられるだろう。
女滝
男滝
「とにかく阿多古に来てみてほしい」
秘密基地や友達と一緒に遊んでいた場所など、森さんは子供の頃からいまも変わらず大切にし続けているスポットを惜しげもなく紹介してくれた。
「阿多古に来るお客さんがいれば、誰かが何か商売をやる。僕みたいに宿泊施設を作る人もいれば、何か別のものも生まれてくるかもしれません。そしたら空き家を誰かが管理するようになったり、草刈りをするようになる。そしたら阿多古がきれいに保たれて、川にアクセスする道もきっと残り続ける。するともっとお客さんも増えますよね」
取材中、森さんが何度も口にしていたことがある。「とにかく阿多古に来て欲しい」。〈ヴィラ阿多古〉に泊まらなくてもいいから、まずは阿多古に来て楽しんで帰ってもらいたい。それでまた来て欲しい。そんな思いを口に出す森さんは、自分が生まれ育った阿多古の自然の魅力を保ちながら、阿多古の活気を取り戻したいという思いが滲み溢れていた。
何でもある社会の中で生きる僕らに必要なのは、何もない静かで清らかな場所。とにかく阿多古に来て欲しい。それは取材クルー僕たちも同じ気持ちだ。難しいことは考えず、阿多古に足を運んで自然を思いのままに楽しんでみていただきたい。
写真:新井 Lai 政廣 文:別府大河